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またも出て来たあの猫
(Schroedinger's cat haunts again)

このブログには、自分にとって確かなことに限って書くように努力している。それでも落ち着かなくなるほど、世の中にはせわしない動きがある。


【量子コンピュータに関する昔の議論】

その、妙に世間を騒がせている量子コンピュータという議論は結構昔からあった。 私の知る限り、四十数年前の大学の講義でこれは出て来た。 しかしその力点は、現在の世間の議論とは違うところにあったと思う。 G 先生のその議論では、計算に必要な発熱の制限というところにポイントがあったと記憶する。 これは、エネルギーの経済面だけでなく、回路の小型化のためにも重要であり、そうしてこそ高速化ができることは確かである。 ただ、量子コンピュータにすればエントロピーの増大がなくなるという発言にはその頃から賛成できなかった。


【情報処理にエントロピー放出は要るんです】

論理回路に使われる最小機能は、AND、OR、EXOR などのゲートである。 これらはエントロピー発生器である。 入力に2ビットの情報を持ち、その内1ビットを捨て去って1ビットの出力を得る。 情報のエントロピーは減るわけだが、エントロピーの総体は減らないのが熱力学の法則だから、この分は熱のエントロピーに変化するのである。

記憶機能を担うフリップフロップもまたエントロピー発生器である。 たとえば、0~3V の電源ラインでエネルギーが供給される素子であれば、中途半端な電圧、たとえば 2V といったものがそのまま維持されることはなく、それは 3V に、 また、1V なら 0V に変更される。0.9V でも 0.8V でも同じであろう。 だからもともとはノイズを含め豊富な情報があるのに、それを単一のビットに切り詰めてしまうのがフリップフロップである。 それは情報のエントロピーの消費であり、恐らくそれ以上のエントロピーを熱の形で放出している。

エントロピーの放出は、ビットに信頼を与えるために必要なトレードオフであるような気がする。 量子の世界はそれこそ重ね合わせで、不確実である。 実際、量子コンピュータの研究でも、信頼性確保のための誤り修正は重要な課題のようである。

なお、絶対ゼロ度近くまでの冷却では、同じようにエントロピーが増えても、TΔS である「発熱」を抑制できるという意見はあるかも知れない。 だが、冷却装置でも「エントロピー」の総体を減らせるわけではなく除去するだけだから、エントロピーなりの電力は必要と考える(放熱器は常温下にある)。 液体窒素のような冷却機構では、むしろ媒体の冷却効率(熱容量、熱伝導率、潜熱)が空冷よりも有利になる理由ではないかと思う。 もちろん、超伝導を得るためにそれらが必須の場合もあろう。


【近年の事情】

情報処理の量と速度のアップという目標は同じでも、近年、量子コンピュータに言われることは、力点が変わってきているようだ。 曰く、「量子のもつれ」で、光の速度を超えて情報が飛ぶのだそうだ。 それが可能なら、コンピュータは情報の伝達を考慮してコンパクト化する必要は少なくともなくなり、熱対策などもし易くなる。 しかしそんなことがあるだろうか、という議論で出てくるのが、猫のモデルだ。


【猫再来】

猫を閉じ込めた箱を、今回2つ用意する。 これを無人の暗い部屋に置いて、光源から光子一個を発射する。 光子は2つの箱のどちらかに入るが、中には光センサーとそれに制御された自動ピストルがあって、光子が入った箱の猫は死ぬ。 どちらか一方の猫は死んでいるが、それがどちらかは判らぬまま、2つの箱を遠距離に引き離す。たとえば地球と火星に。 物質でも情報でも、光の速さは越えられない。 こうした距離になると、どうしても数分以上の時間はかかるが、まず火星に居る人が箱の中身を見る。 それからせいぜい数秒後に地球の人が箱の中身を見る。 地球の猫が生きていれば火星の猫は死んでいるし、地球の猫が死んでいれば火星の猫は生きている。 こうして、火星がどうなっているかの情報が、光よりも速く伝わると言う。

普通に考えれば、同じ部屋で光子を発生した時点に原因があり、人がそれを確認しようがしまいが、猫の生死は決まっていて、それが時間と距離を経た後にわかったというだけのことである。 ところが「重ね合わせの原理」という量子力学の定式化では、人が確認する以前には生と死は重ね合わせであって、確認によって状態が決まるとしているから、こんなことになるのである。 また、これだけなら情報の操作はできないが、これと何かを組み合わせることでそれができるということを言っている人も居るみたいである。

定式化は、ある範囲に有効だからと言ってもあくまで仮説、近似値かも知れなくて、それ優先で物事を考えるのはおかしいのである。 たとえば、ガリレイやニュートンの力学はある範囲で良く当てはまるが、そうだからと言って、相対論が間違いとは今では誰も言わない。 なお、「シュレディンガーの猫」というのは、量子力学の方程式を発案したシュレディンガーが提唱した教義、というわけでは決してなく、 むしろ彼が「重ね合わせの原理」に反論するためのモデルとして提唱したもののようである。


【光速度越えを称賛している人も居るみたいだが、】

Light cone の制約以外で時間は相対化されているから、情報を光よりも速く、すなわち「少しの時間しか経過していない遠方」に送れるなら、「少しだけ過去の遠方」にも送れるはずで、重大な結果はむしろこちらにある。 2組(4匹)のSchroedinger実験の猫を地球と火星とに別けて置いて、競馬の結果を少し過去の火星へ、またそこから、さらにもう少し過去の地球へ送って大儲けしよう。

「いやそれはできない。パラレルワールドが開けて、送った結果自体が無意味になる(自分の未来の送信行為とは違う発信源からのものを受取る)」 などと理屈を言う人も居そうだが、それは「もつれ」で送られる情報が一般論として無意味なのを認めていることと一緒なのである。