プログラムな日常>理数学習このままでイイン会?>
粒子は何個から統計性を発現するか?
(how many is very many?)

使い方:


解説:

【温度の理解に向けて】

何年か前に温度とは何か説明する機会があり、ウェブを調べたがなかなか良い答えがなかった。 エントロピーから説明される例も多い。その変化を追えば、温度が決まると。しかし、エントロピーって、温度以上に難しくない? 保存性のある量ではあるが、保存量ではない(単調増加)し、そもそもエントロピーの絶対規準(ゼロ点)はあるのだろうか?

ある、と言っている人も居る。温度が絶対0度でエントロピーもゼロになり、それが絶対規準だと。本当だろうか?  でも、こんな式展開ができること、気付いてました?

   

絶対零度はまあ、「有限回数では」到達できないだけで、極限として追及できないわけではないのは良いとしても、そこに到達するために、エネルギーとか熱の出入りが必要なはずで、上の式は無事に絶対0度まで積分できるんだろうか?  エントロピーの存在まで否定する積りはさらさらないけど、温度計はあるが、エントロピー計ってないわけで、よりわかりにくいことから、それほどでもないことを説明するのは正気の沙汰ではない。

Wikipedia の英語版を見たら、自由度あたりの運動エネルギーとする温度の説明があり、これだと思った。 この定義は最も適切と思うが、気がかりな部分もある。 温度というものには満たされなければならない性質があり、例えば、熱は温度が高い側から低い側にながれ、いずれ一定温度に落ち着こうとする。 時間平均値とは言え、運動エネルギーは常に一定に向うものだろうか? また、ポテンシャルや状況によってそれは変わったりしないものだろうか?

物理学の世界にも、エネルギーや運動量の保存など、数学の公理に近く、理由の説明ができないものはある一方、熱や温度といった統計的性質は、より基本的な原理から説明されるべき定理に近い。 一般的な証明が与えられることが望ましいが、すっきりしたものは多分ないのだろう。 しかし、個別に見れば、最初は疑われたことでも、不思議とある一般原理に従うことが繰り返し示されるのがこの問題の面白さで、 だからそこで特殊理論を積み重ねるという、ブログにおいて今のところは尽きないネタが存在するというわけなのである。



【粒子は何個から統計性を発揮するか】

「統計性」などというきちんとした術語はないみたいなので、その都度定義して、ある程度自由に使わせてもらおうと思うが、もちろん統計力学的性質を意図してのことだ。 ミクロな自由度の集合である系には、温度や熱で説明される一定の性質がある。それは、

  1. 遮断された系の全体は、エネルギー的に取りうる状態を平等に占める。結果、同じような状態が繰り返し占められているように見えるが、全く同じことが繰り返されているわけではない。
  2. 上記の結果、個々の自由度に目を向けると、エネルギーが低い状態ほど優先して占められる傾向にあり、その時間平均的広がりは、自由度の間で一定になろうとする(小正準集合)。
  3. 自由度が多い集合では、個々の自由度に即した確率分布状況は、ローカル順位のエネルギー値 E に対する一定の関数に従うようになる。 それは温度 T に関連づけられる指数関数である(正準集合; 個別自由度につき、 P = exp(-E/kT) )。
これらの課題につき、「説明」と言うよりも、シミュレーション的に証明しようと思うのだが、議論に入り込むと焦点がボケるので、まず、意図する答えを先に述べてしまおうと思う。


【個別自由度に対するプロットの取り方と理想の場合】

ここで「個別自由度に対する」とは、選び出した1つだけの粒子の特定の方向ということに限定しているわけではなく、気体のような同質の粒子全体の統計であっても良い。 ただし、横軸に速度やエネルギーを取って、縦軸に頻度を取る場合、粒子個数や時間的足し算、平均は縦方向に取るべきであり、横軸については加えない。 3次元の気体の運動であっても、横軸は、次元の3成分を加えたベクトルの絶対値ではなく、個々の成分についてのものを取る。 気体分子について、回転成分、伸縮成分と分けることはあり得ると思うが、それらの和を横軸に取るのは NG である。 横軸を和とすると、大数の法則によってその幅を縮め、最後には相対的に分布の少ないものになってしまう。 ここで狙うのは、系の規模を大きくすることによって、個別自由度の分布がどう変わるかという分析だから、この着眼は変えないことにする。

気体の場合につき、プロットの取り方は1通りではないが、あまり多用な流儀を導入すると混乱するので、実用的と考えられる次の3種類に絞って使おうと思う。
  1. 横軸は速度の軸成分、面積は存在量(1に正規化)
    これは正規分布として見慣れた曲線の一部だが、速度の正負を纏めているので右半分だけであると同時に、高さは通常の2倍。 3次元などの場合、異なる座標軸のものを集積(平均化)するのも、ことわり付きで可能(あくまで縦軸に関して)。 面積は一定で、平均エネルギーは横軸への広がりに表れる。これを速度成分の標準偏差で正規化すれば、理想状態に関しては、決まった曲線になる。上のグラフは理想状態を正規化したもの。

  2. 横軸は (v は速度の軸成分)、面積は存在量(1に正規化)
    この横軸は速度成分の2乗、もしくは、その各方向の運動エネルギー成分。3次元などの場合、異なる座標軸のものを集積(平均化)することが可能なのは I の項目と同じ。 面積は一定だが、x のゼロで y は発散する。 横軸は、その平均値(すなわち速度成分の分散など)で正規化すれば、理想状態に関しては、決まった曲線になる。上のグラフは理想状態を正規化したもの。
    ところで、このプロットは単純な指数関数になるはずと思われた向きはないだろうか? 実は私はそう信じていて、かなりの時間(というか日数)、悩んでしまった。これについては、すぐ後にまとめてご説明する。

  3. 横軸は (v は速度の軸成分)、面積は通行量(1に正規化)
    これは、II の項目の縦軸に (xはこの場合の横軸) を掛けておき、発散を回避したものと言える。 この表現の注意点として、I、II の項目のように、曲線が囲む面積が、一定の空間に存在する粒子の存在確率に相当するわけではない。 存在の全体よりは通行量を基礎とし、存在していても動きの少ないものは自動的に軽視される表現になっている。 従って、閉じた系の全エネルギーが保存量である事実をそのままは利用できない。 壁面への圧力や、ポテンシャル場における挙動を扱うのに適するが、この表現の有用性を十分にご説明するには、今回のページは足りず、次回をご期待頂きたい。 ただし、理想状態では指数曲線となって線の囲む面積も1とすることができ、上のグラフは理想状態をそのように正規化したもの。
上のそれぞれの場合に、赤、黄、青の線を当てはめている。この色の原則は、なるべく継続しようと思う。 それぞれの横軸 x と、縦軸 y とは一般の場合と理想の場合につき、次の表のように整理される。

表:表現形式と定義、積分


I 同様、II の積分は粒子自体の確率分布を表しているので、速度の4乗の平均値をここから求めることができ、それは、
   
同様に、であるから、
   
この値は正準集合、もしくは、非常に自由度が大きい小正準集合のものである。自由度が小さい小正準集合では、より小さい値になる。



【速度対エネルギーの問題】

上で、エネルギーとしたのは、均一な粒子系であれば特に、速度成分の2乗と言い換えても大きな混乱はないものである。
さて、P = exp(-E/kT) といった確率分布は、どちらかと言うと、量子力学を習った後に説明されることが多そうである。 量子力学と古典力学には、大きなずれはないはずであり、実際、調和振動子について量子力学の固有レベルはエネルギー方向に等間隔に配置しているので、問題は少ない。
ところが、自由空間を飛行する気体粒子では、周期的境界条件のシュレーディンガー方程式を作って固有関数を調べると、順位は運動量について等間隔なものになる。 そして運動量とエネルギーは比例ではない。運動量を p 、エネルギーを E 、累積確率を S とすると、

   

つまり、順位の密度が E の平方根に反比例するのだから、気体粒子に対する確率分布は、単純に P = exp(-E/kT) とするのではなく、P ∝ (1/√E)exp(-E/kT) としなければいけないことがわかる。 あるいはこうも言える。平らなフライパンではなく、底のポテンシャルが放物線の中華鍋の中に入れて考える。そこに互いに衝突する多数の粒子を入れるわけだから、調和振動子というわけではないが、 壁面間距離が速度(平均自由行程?)に比例(高さの平方根に比例)するようにしてカウントするとうまく行くようである。 実際はフライパンであっても、速度の遅い粒子については、近距離のみをサンプリングするということである。
2次元、3次元の場合、異なる方向の運動をどう考えるかという課題もあるが、エネルギー依存性として指数分布を得る正準集合の場合であれ、より少ない自由度の小正準集合の場合であれ、 (答えのネタばらしを先にしてしまうと)最終的には、各自由度につき同じ分布になるわけだから、どっちでも(区別してもしなくても)良いのである。



【気体の圧力はどのように説明されるか?】

気体粒子は相互に衝突しているのだが、ある時点で粒子同士の衝突は止めてしまい、壁にだけ当たるようになると考える。 また、壁では完全弾性衝突するものとする。 軸方向の速度が v、壁間の距離が L とすると、片方の壁に衝突する頻度は v/2L である。 衝突の時には、例えば -mv の運動量のものが、mv にまで変わり、2mv だけの運動量のやり取りがあるが、運動量(mv)は力積(Ft)と同じものである。 力積に頻度(時間の逆数)を掛けると力になるので、それは である。 これが面積 S の壁にかかるので、圧力としては (ただし V は体積)。 の平均は であり、前回ご説明した通り、 なので、 となる。 これが粒子1個の効果であり、粒子数が N なら、 である。 n モルの気体に対しては、N は はアボガドロ数)になり、(気体定数)なので、 となる。



【自由度とグラフの特徴】

2次元のピンボールで、考えられる限り、最も低自由度のカオスを作ることができる。黒い粒子は空間に固定されたピンである。色が付いたのが動く粒子であり、12個まで増やすことができる。 ピンとボール、また、ボール同士は、損失なく跳ね返る。ピンとボールの系や全て同じ。全てのボールは同じ質量。初期速度も同じである。
2次元および3次元のピンボールシミュレーションの結果(および一部のグラフ)は次の表に整理される。

表:シミュレーションから得られる指標、近似の試算とグラフ
自由度 f2次元の場合3次元の場合シミュレーションの結果試算グラフ
粒子個数 m粒子個数 n3f/(f+2) =3m/(m+1) =9n/(3n+2)
211.51.5
311.81.8
4222
632.252.25
22.252.25
842.42.4
932.452.455
1052.52.5
1262.572.571
42.572.571
1472.632.625
1552.652.647
1682.672.667
1892.702.7
62.702.7
20102.732.727
2172.742.739
22112.752.75
24122.772.769
82.772.769
3

有限な自由度 f に対して、各曲線がゼロに落ちる点がある。この限界 x は、各型式に対して次のようになる。

   

指標としての をシミュレーションから求めた値は、次の式に近く、理由があってのことと推測される。

   


【系の統合と分断】

このページのピンボールには、ボール同士の衝突を制御するチェックボックスがある。デフォでチェックしてあるが、これを外すと、ボール同士の衝突が起こらなくなる(幽霊のように擦り抜ける)。 チェックを外した場合の結果は、粒子が何個でも、粒子が1個の場合と同じになる。

ところで、これを最初は外しておいて、途中からチェックした場合にどうなるか(粒子数として2以上を選択)? 明らかに、チェックする前とは違った挙動になる。 それまでは独立に動いていたのが連携してくる。夕食時にショウユを貸し借りするようなしみったれた関係かと思ったらむしろ逆である。 持たざるものがより持つ者に拠出することもある、アメリカンドリームと言うか、太平洋の荒波のような状況である。 これは、明らかに温度が高い方から低い方へと熱が移るというのとは違うが、エントロピーの変化なのだろうか?

では、これと逆のことをしたらどうなるか? 粒子数として2以上を選択し、チェックをしたままちょっとだけ動かして、クリアーは押さずにチェックを外す。 どういうエネルギー配分の瞬間にチェックが外されたかによって結果は異なるが、個々の粒子の孤独な運動が始まるのである。 この場合、エントロピーは増えたのか、変わらないのか? なぜなら、エントロピーは決して減らないと言われているわけだから。私にはむしろ減ったように思えるのだが、私達は「マックスウェルの悪魔」になったのだろうか?